縄文遺産としての価値

1.古代ピラミッドより古い、人類の生活文化

縄文遺跡、土器、やじりなどは、いまで言う茶碗であり、器であり、刃物です。

要するに、生活の足跡

しかも、数千年から1万年前ということは、古代ピラミッドより古い、人類の生活文化ですから、地域のみならず世界的、地球的に貴重な遺産といえるものでしょう。

室蘭をはじめ、噴火湾一帯から東北にかけて、縄文遺産が広がっています。
北海道・北東北の縄文遺跡軍は、いま世界遺産登録を目指していることは、当然の流れでしょう。
(参考リンク:北海道・北東北の縄文遺跡群

大切なことは、この遺産を現在生きる私たちが大切にし、未来へ引き継げるのかということです。

隣町の伊達市の例をご紹介します。
「遺跡は有珠地区と黄金地区に多い傾向にありますが、市街地や大滝地区にも少なからずあり、平成27年(2015年)現在89ヵ所が登録されています。
最も古い遺跡は約7,000年前の縄文時代初期のものです。つまり、この頃には伊達市に人が住んでいたということです。
その中でも、7,000年から4,500年前の遺跡である北黄金貝塚は、貝塚やお墓、水汲み場などが壊されずに残っていることがわかっていて、国が指定する史跡として永久に保存されることになった重要な遺跡です。
これらの貝塚やお墓から当時の生活の様子を調べると、縄文人はオットセイやエゾシカなどの噴火湾(内浦湾)の豊かな海の幸と山の恵みに育まれた生活をしていたことがわかります。」

さらに、伊達市のサイトから引用しましょう。

「本州では縄文時代が終わると弥生時代になりますが、北海道の歴史はこれとは異なっています。
稲作と機織り、金属製品を使う文化(農耕文化)が九州から四国、本州の北部まで広がったのに対し、北海道では縄文時代と同じように生活の基礎を狩猟・漁ろう・採集とした文化が続いていました
北海道では、縄文時代以上に魚や貝、クジラ、オットセイなどの海の資源を利用しつづけ、同時に金属製品を本州から、またネックレスの材料になる琥珀をサハリンから取り入れて独自の文化として続縄文文化を生み出しました。
年代は今から2,500年前から1,400年前です。
伊達市内では続縄文文化の遺跡がたくさんみつかっています。特に、その中の1つの有珠モシリ遺跡でみつかった装飾豊かな銛や、クマとクジラを彫刻した儀式用のスプーン沖縄付近の海でしか採れない「イモガイ」でできた腕輪などは、続縄文文化の豊かな暮らしや約2,000年前の長距離交流の存在を示す考古学上の大発見です。
これらの出土品は国の重要文化財に指定されているとともに、高校の歴史の教科書にも載っていて、実物は伊達市開拓記念館で展示しています。」

2000年前は、西暦0年前後です。
その頃の人がどんな文化を持っていたかがわかるのです。

たった150年前まで、ちょんまげに刀を持っていた日本人が、明治産業革命を終え、携帯、インターネット、そして人工知能の時代に生きていますが、数百万年の人類の歴史から考えると、人間の性質はほとんど変わっていません。

私たちは、ここからもっと大きな時間スケールでものごとを考えていく必要があるでしょう。

2.絵鞆貝塚は全国屈指の室蘭の残る縄文遺跡

室蘭では、開拓期以降、明治大正期に大規模な遺跡発掘が行われました。
しかし、その多くを宅地化するために失い、いま残されているものは限られています。

旧絵鞆小学校に所在する「絵鞆貝塚(4:絵鞆小学校)」は、明治・大正期から知られる大貝塚です。遺跡の状態を確認するため、平成27年度に文化庁の補助を受け、発掘調査を実施しました。
(参考リンク:室蘭市文化財の保護と活用

その結果、なんと縄文人の人骨が見つかりました。
北海道ではいま採ることの出来ないサザエなど、当時の生態系を知る手がかりも見つかりました。

ちなみに、大黒島から発掘された土器は、現在、国立科学博物館に貯蔵されています。

 

2017.3.11 室蘭民報

3.室蘭市にとっての財産。いまこそ世界的に重要な縄文遺跡。

下図をご覧になってください。
室蘭市の縄文遺跡ですが、市内には、37か所の遺跡があることが、大正期の調査でわかっています。そのうちかなりが宅地化されました。

ほかの遺跡もぜひチェックしてみてください。

これは、室蘭を越えて、北海道遺産というべきもの、日本の大切な歴史文化の足跡といえるものでしょう。しかし、いま残されているものは僅かです。
大正期、昭和初期には、教養深い調査が行われているにもかかわらず、昭和中期にいかに無教養な宅地化が進んだかということを示しているでしょう。

もし、この半分でも残されていたなら、世界的に見てとても重要な遺産があったはずです。

いま、僅かに残っているものだけでも、保存していくことは大切ではないでしょうか。

絵鞆小学校の敷地に残る絵鞆貝塚を、市民、道民、国民的に考えていく必要があるでしょう。

 

No. 名称 所在地 種別 土地所有 現状 時代(時期) 主な遺物
1 絵鞆2貝塚 絵鞆町2丁目4番1号・2号、33番1号 貝塚 民有地 宅地 明治 鉄製燭台、にぎりばさみ
2 鷲別遺跡 日の出町3丁目393番1号 貝塚 公有地 保安林 縄文(中・後期) 土器、石器、骨角器、装身具
3 本輪西遺跡 本輪西2丁目50番2号・3号・20号から42号、
235番29号から31号・48号から102号・105号・
108号・154号・165号
貝塚 民有地 畑・宅地 縄文(前・中期) 土器、石器
4 絵鞆貝塚 祝津町2丁目7番地(旧絵鞆小学校敷地) 貝塚 公有地 宅地 縄文(前・中・晩期)、続縄文、擦文 土器、石器、骨角器、貝製品、土偶
5 舟見町遺跡 舟見町2丁目5番地(道道919号中央東線) 貝塚 公有地 宅地・道路 続縄文(前半から後半期)
・擦文
土器、石器、金属器、骨角器
6 大黒島遺跡 絵鞆町大黒島 遺物包含地 国有地 宅地 続縄文(前半から後半期) 土器、石器
7 中島町遺跡 中島本町1丁目9番2(旧日新小学校敷地) 貝塚 公有地 畑・宅地 縄文(中期)、続縄文  
8 増市遺跡 増市町2丁目258番8 岩陰 国・公有地 山林 アイヌ 骨角器(銛頭、中柄)、動物骨
9 エンルムチャシ 絵鞆町2丁目11番1号・2号、367番1号・2号 チャシ跡
(丘先式)
公・民有地 宅地 アイヌ  
10 エンルムポンチャシ 絵鞆町2丁目10番1号・2号 チャシ跡
(丘先式、面崖式)
公・民有地 宅地 アイヌ  
11 ハシナウス遺跡 絵鞆町1丁目2番1号から14号 貝塚 公・民有地 宅地、原野 不明  
12 小橋内遺跡 港南町1丁目 貝塚 民有地 宅地 続縄文 土器、石器、骨角器、
石製品(垂飾)
13 茶津遺跡 茶津町9番2、16番4・5、入江町1番21 遺物包含地 民有地 山林 縄文 土偶
14 輪西遺跡 大沢町1丁目223番1号 遺物包含地 民有地 宅地 縄文(中、後、晩期) 土器、彫刻ある岩塊、土偶
15 高砂遺跡 高砂町3丁目7番地 遺物包含地 民有地 宅地 縄文(中・後期) 土器、石器(石鏃、石槍)
16 緑ヶ丘遺跡 宮の森町3丁目1番2号(知利別小学校) 貝塚 公有地 宅地 縄文(中期) 土器、石器(石斧、石槍、
石鏃、すり石)
17 知利別遺跡 宮の森町1丁目
1番2号・4号
遺物包含地 民有地 宅地 縄文(中期) 土器、石器(石鏃、石槍、
石小刀)
18 中島町2遺跡 中島本町3丁目1号・2号 遺物包含地 民有地 宅地 縄文(中期)  
19 本輪西2遺跡 港北町2丁目 貝塚 民有地 畑、宅地 縄文(前・中期) 土器
20 幌萌遺跡 幌萌町406番、407番、410番、411番 貝塚 民有地 宅地 縄文(前・中期) 土器
21 トッカリショ遺跡 母恋南町3丁目48番130号から172号 貝塚 民有地 原野、宅地 縄文(中期) 土器
22 常盤遺跡 常磐町39番1、127番、139番 遺物包含地 公・民有地 道路・宅地 縄文(中期) 土器、動物遺存体(クジラ)
23 イタンキペシボッケ遺跡 みゆき町3丁目289番1号・2号、293号 集落跡 公有地 雑種地 縄文(晩期)、
続縄文(前半期)
土器、石器、石製品(管玉)
24 イタンキ洞穴遺跡 東町3丁目4番36・37 洞穴 民有地 宅地 縄文(晩期)、
続縄文(前半期)
土器、石器、骨針、動物遺存体
(海獣・鳥・魚)
25 東蝦夷地南部藩陣屋跡
モロラン陣屋跡
台場勤番所跡
崎守町186番、187番、337番、338番、380番、道路敷地 台場跡 公・民有地 保安林 近世(1856年から1868年)  
26 崎守遺跡 崎守町388番 遺物包含地 公有地 山林(保安林) 続縄文(前半期) 土器片、石器
27 ハシナウスチャシ 絵鞆町1丁目15地先、祝津町3丁目33番4、33番4地先、34番1、34番1地先 チャシ跡
(丘先式)
国・公有地 宅地・山林 アイヌ  
28 エンルムポン遺跡 絵鞆町2丁目7番2号から6号 集落跡 民有地 宅地 縄文(晩期)、
続縄文(前半期)
土器、石器、骨角器、鉄器
29 東蝦夷地南部藩陣屋跡
モロラン陣屋跡
陣屋町2丁目5番1から6 陣屋跡 国・公有地 山林 近世(1856年から1868年) 砲弾
30 小橋内2遺跡 小橋内町1丁目23番14号 遺物包含地 民有地 宅地 不明  
31 水元遺跡 水元町60番9・10・20、61番8・9、318番、356番 遺物包含地 公・民有地 宅地 縄文(中・後期) 土器、石器
32 エンルム遺跡 絵鞆町2丁目11番1号・2号・5号、367番1号・2号 貝塚 民有地 宅地 縄文(早・前期)、
続縄文(前半期)、
擦文、アイヌ
石器各種、鉄器(釣針、鍋、
マキリ、刀)、
骨角器(中柄、マキリ柄、
ヘアピン、矢柄、
根付、骨針)、
動物遺存体(動物骨、貝類)
33 石川町1遺跡 石川町16番2号、20番1号・3号 遺物包含地 民有地 畑・山林 縄文(中期) 土器片
34 陣屋1遺跡 陣屋町2丁目5番1・2 遺物包含地 公有地 公園・山林(史跡内) 縄文(前期) 土器片
35 舟見町2遺跡 舟見町2丁目5番地先 貝塚 民有地 宅地 続縄文(前半期) 土器片
36 八丁平1遺跡 八丁平5丁目49番3、50番4、50番17 遺物包含地 民有地 宅地 縄文(前・中・後) 土器片
37 崎守2遺跡 崎守町138番3 墳墓 民有地 山林 アイヌ 鉄器・漆器

 


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